めいちゃんが恋した東大生。最終回(前編)

最終回 はじめは、たった4人だった
~妥協しない漫才を目指して~

昨年の駒場祭で杉山さんが披露した漫才です。右側が杉山さんです。

お笑いサークル「笑論法」。
ご存じの方も多いのではないでしょうか。

今となっては、押しも押されぬ、東大のお笑いサークルです。

笑論法が結成されたのは、今からちょうど4年前のことでした。

その創立発起人となった人が、杉山大樹さん(経済学部経済学科)です。

めいちゃんが「最終回は、杉山さんで決定なのー、めぇ。」と意気込んで、取材に向かいました。

入学直後に、「笑論法」を創立

4年前、東京大学に入学した杉山さん。

大学ではお笑いをやろうと、新歓イベントを回ってみたものの、既存のサークルにはしっくり来なかったそうです。

「せっかくやるなら、妥協せずにお客さんを楽しませたい。
思い切りお客さんを笑わせてこそ、自分も楽しいはず。それでお笑いでサークル作っちゃおうと思いました」。

入学直後の4月の末に、杉山さんは既存のサークルに入ることはせず、仲間を4人集めて、お笑いサークル「笑論法」を立ち上げました。

なんという行動力でしょう……。

「今振り返ると、『当時の自分は、なんて傲慢だったんだ』とあきれちゃいますけどね」
と杉山さんは、苦笑していました。

しかし、笑論法が世に知られるまでには、たくさんの苦労が待っていたのでした。

知名度ゼロから、ひたすらに宣伝

4月末に結成した笑論法でしたが、その年の五月祭で漫才を披露することができました。
それが、笑論法のデビューとなりました。

杉山さんは「30分だけ、無理やり出演させてもらったんです」といいます。

笑論法はその後も、地道な宣伝活動を続けます。

口を開けば、笑論法の話をしていたように思います。

知り合いのクラスが食堂でご飯を食べている時、いきなりその輪に入っていって宣伝をしたこともありました。

駅前の通り道や、生協の前でビラ配りもしました。

「笑論法」という名前と、筆で書いたビラが怪しかったんでしょうか。大学から『あの…あなた達はカルト集団ではないですよね……?』と心配されたこともありました(笑)

「当時は、なんとか自分たちのことを知ってほしくて、食堂前で路上ライブもしました。数人のお客さんの前で漫才をするのも、実は楽しかったりします。お客さんと協力して成立させてる感じ。それで通りすがりの人が集まってきたりもするし。」

そうした努力も実り、笑論法の知名度は徐々に上がっていきました。

そして、創立当初は4人でしたが、今では40人程のサークルへと成長。

杉山さんは2年生の時に、後輩と代替わりをし、サークルを引退しました。

引退するする詐欺

つい先ほど、「杉山さんは引退した」と書きましたが、五月祭や駒場祭ではその後も、笑論法のステージに立つことがあったそうです。自分でいろんなサークルの人を集めたコラボステージを企画したことも。(「チーム老害連合」・「サークル横断コラボライブ」)

「お祭りってなると、じっとしてられないんです。
自分もお祭りの一部となって、お祭りを盛り上げる側に立ちたくなる」と杉山さん。

大のお祭り好きだという杉山さんに、五月祭、駒場祭の魅力を語ってもらいました。

「五月祭、駒場祭になると、段違いにお客さんが来てくれます。

普段のライブだったら、来場者50人で喜ぶところなのに、五月祭、駒場祭ってなると、200人近く来てくれるんですよね。

少人数の前で漫才をやるのもいいけど、やっぱり大人数の前で漫才ができると本当に楽しい! というかそもそもお祭りのあの雰囲気自体がもう大好きですね。誰とでも仲良くなれる、許された感じが。」

中途半端な漫才はイヤ!

杉山さんには「妥協した漫才はしたくない」という強い思いがありました。

そのために笑論法では、コンビを固定せずにいろんな人と組むことで、うまい人が慣れていない人を教えてレベルを底上げできるようにしていたり、お互いに対してダメ出しをしたり。「それじゃステージに出せないよ」と厳しいコメントをすることもあるそうです。

杉山さんは「面白くなくていいやって思っちゃうなら、辞めた方がいいと思っています。僕はお客さんを笑わせることに、こだわり続けたいです。」と話してくれました。

(後編へ続く)

MAYめい 結成当初は、たった4人だったのに、ここまで有名なサークルになったのは、本当にすごいことなのー!
杉山さんの「妥協したくない」っていう姿勢は、とても印象的だったのー、めぇ。


最終回(後編)